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言霊堂

言霊堂

おもひで


おもひで

「あなたは自由な蝶々よ。
 つなぎとめておくなんてできないわ。」
その言葉が頭に響いたわけじゃない。

でも、ただ、あてもなくふらふらしていた。
さまざまな花の蜜に惹かれて
ひらひらと落ち着きのない蝶のように、
笑顔で迎えてくれる人を探している。

「寂しいんだ。」

だからって、何をしたいわけじゃない。
誰でもいいから、かまってくれればいい。
孤独でなければいい。

メールを投げて、返事を待っている自分がいる。
いつもこのくらいの時間に電話かかってきたっけ。
地下で圏外にならないように適当に街をふらついている。

街をふらつき、同様にさみしい女が
視線を合わせてくる。
しかし、その視線は二度と交わることはない。

いつわりの言葉にだまされつづける男がそこにいる。
だって、そばにいてほしいのだもの。

ほんの一瞬のおもひでに浸りながら、
その時がまた訪れないか、
飼い主を待つ子犬のように……。

でも、待てどもそのときは来ない。
丸い背中にいろいろな想いを放り込んで、
家路につく。

そして、シャワーを頭から浴び、
想いを断ち切ろうともがいてみる。

「ああ。あいつとは別れてよかったと思うよ。
 性格は合わないし、仕事に関すること、
 人生設計など価値観が合わなかったし。
 あちらもあわなかった。」
ふと、天使の耳たぶをもてあそびながら、
別れた女の肌を思い出す。

「くすぐったいから、止めて。」

「ああ、ごめん。君、肌薄いよね。」
「うん、体調悪いときとか寝不足とか
 クマとか顔色に出ちゃっていやなんだ。」
「ふーん、そうなんだ。」

頭の中でそのコは、裸になっている。
それがいとおしいのか、
おもひでと照らし合わせているのかは
わからない。

臆病なわけじゃない。
でも、期待していないわけじゃない。
正直、何がしたいのかわからない。

ワイルドな映画のヒロインが、
いきなりドレス姿で登場して、
髪の長い女の姿を重ね合わせた。

その姿が誰なのかもわからない。

ココロはその場所が特定できないから、
傷ついてもそのケアができないともいう。
ぽかんと穴が開いたような感じを
そう表現するのであろうか?

「君を抱きしめたいだけなんだ」

『でも、その「君」って誰?』

「ああ、その女(ひと)は、ここにはいないよ。」

『あなたは、夢を見ているのですか?』

「いや、白昼夢でも空想でもない。実感なんだ。
 でも、わからないんだ。」

『美しいおもひでを紡いでいるだけなんじゃない?』

「そうかもしれない。罪滅ぼしをしようともがいているのかも。」

『その罪って何?』

「ああ、傷をつけてしまったから。彼女に。」

『傷って何?暴力をふるったの?』

「いや、このココロの穴は自分も傷ついている証拠だよ。
 相手はもっと傷ついているに違いない。
 でも、もう昔の相手は関係ないんだ。
 罪滅ぼしは自分を傷つけた自分に対してなんだ。」

『もう忘れなよ。時は未来に向かってしか刻まれないんだよ。』

「ああ、もう忘れたと思っている。
 でも、ココロが弱いときに昔の楽しかった
 おもひでが俺のココロを握りつぶさんばかりに
 甘くやさしく支配するんだ。寂しいんだ。」

『で、あなたは何が欲しいの?』

「おもいでを忘れさせてくれる薬と
 ココロの場所を特定しケアできる強い魂。
 そして、抱きしめ、おもひでをともに
 紡いでいく相手。」

恋愛相談をよく受けることによる、
代理被害なんだろうか。
感受性が強すぎるのだろうか?
ニュータイプなのであろうか?

男は自問自答を繰り返し、
疲れ果てて眠る。
そして、朝になり戦場へと降りていく。
仕事に打ち込むことによって、
過去の束縛から自由になれる。

『あなたは自由な蝶々よ。
 つなぎとめておくなんてできないわ。』

2001/10/29



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